愛猫やらお人形やら美柴双子やら…
「じゃ、当日な」
「了解でっす!遅刻しちゃ駄目っすよトキさん!」
「……お前にだけは言われたくない…」
いつもの満楼軒。
もう何度目かの慣れた打ち合わせ。
終えれば 三人は個々に会計を済ませて それぞれの生活へと戻ってゆく。
「はいよ、まいどあり」
「ごっそさんでしたー」と愛想の良い斉藤の声に応えながら、店主が片付けるのは いつも同じもの。
[コーラとウーロン茶と生中]
美柴鴇がバイトをしているのは 新宿二丁目のバー。
堂々と「ゲイバー」と銘打ってるわけではないが、こうゆう場所にはそうゆう客が多い。
「だから駄目だってば。美柴くんはノンケ君なんだから」
「いや意外にイケると思うんだよね。絶対」
「そう言って何人の男が背負い投げをされたことか…。ねぇ美柴くん?」
「………………。」
こうゆう時は聞こえない振りをしているのが一番だ。
自分自身は元から恋愛や他人に興味が薄いせいか、ここでの仕事に強い嫌悪は持っていない。
時にカウンターで耳にする 男から男への優しい囁きに(…インチキくさい)と呆れることもあるが、当人達がそれでいいならいい。
男とか女とかそんなもの以前の問題なんだろう。
まぁ とにかく、自分に害が無ければどうでもいいし、降りかかってくる"害"も 大方自分で対処できるものだ。
「へぇ そうなんだ。美柴くんって強いんだね」
そう言って 前のスツールに座ったのは、一人の青年。
同じ年頃で 最近よく来る……男娼だ。
「あら、イツキ君がこんな時間に来るなんて珍しい」
「振られた。最悪。こっちが相手してやってたっていうのに」
「へぇ じゃあ今夜は俺と一緒に帰ろうかお姫様?」
いやらしく誘う男を、イツキは鼻で笑った。
「僕が?冗談じゃない。安売りはしない主義なんだよ」
店員は クスリと笑い、男は舌打ちをする。
立場の無くなった男が スツールを蹴飛ばすように帰っていくと、イツキは 「自意識過剰だね」と肩をすくめただけだった。
「ジン一つ。アルコール強めにしてね。振られた夜なんだから」
カウンターに肘を付いて 注文される。言われたとおり、配分はアルコールを多くした。
イツキは差し出したグラスを ぐいと全部飲み干す。
コンッとカウンターにグラスを置くと同時に「ジン!」ともう一杯を要請。
見ていたバーテンや客は 感心していたようだったが、イツキがそんな乱暴な飲み方をするのは初めてで 少し不安に思う。
しかし客が欲しいと言うなら作るしかないだろう。
結局三杯飲み干して、カウンターに突っ伏した。
タクシーでも呼ぼうかと思ったところで ムクリと頭を上げた。
…………ひどい顔をしていた。
「…本当はね、ほっとしてるんだ。だってこの年で不倫なんてリスク大きいじゃん。家庭がある男は金も渋るしね、セックスも言うほど上手じゃなかったし」
イツキがそんな話をするのも、初めてだった。
「良いお金くれるから甘えてやってるだけなのにさ、勝手に本気で泣かれても別れ話なんかされても迷惑。それでもまぁ お世話にはなったわけだし?悲劇の不倫相手ぐらいやってあげるけどね。」
他人に本音は話さない。心は開かない。傷口は見せない。
自分はそれを無表情で隠し、イツキは妖艶さでそれをうやむやにしている。
方法が異なるだけで、自分たちはよく似ていると思う所があった。
イツキにも、以前そう思うと言われた時があったぐらいだ。
「くだらない。発展場でダラダラやってた方がまだマシだよ。感情がくっ付いてくると面倒だし、苛々するばっかりだ」
…あの時「正反対かと思っていたのにね」ととても嬉しそうな笑顔で、そんな話をした…。
「―…そんなに嫌なら止めればいい」
つい、そう言ってしまった。
途端 饒舌だった口元は一文字に結ばれた。冷え切った目がこちらを見ていた。
「そう出来たらそうするよ。でも僕には金がいる」
「稼ぎ方は他にもある」
「でも一番手っ取り早いじゃないか。僕は金になるなら、なんでもする」
「でも気に入らないんだろ」
「じゃあ自分はどうなの。ノンケのくせにこんな所で働いてさ。それだって金になるからでしょ、人のこと言えるの」
「………………」
どうしてだろう。
自分自身を賭ける理由まで同じなのに、でも今、目の前の青年と自分は同じに見えない。
まるで、透明な壁で遮られている様な感覚だった。
「……ジン」
こちらが言い返さないと踏んだイツキは グラスを滑らせて注文をする。
滑ってきたグラスをキャッチして 静かにカクテルだけを作る。
今度は少し、アルコールは少なく入れた。なんとなく…。
「……………」
「……………」
それから、会話は一つも無かった。
「…じゃあね」
酔いが冷めてきたのだろう。スツールを降りたイツキは、神妙な表情で何か言おうとした。しかし結局 その一言で帰って行った。
カウンターに残された空っぽのグラスを、片付ける。
「……………」
謝れば良かった。きっとあれがイツキの本音だったのだ。本当は……辞めたいのだ。
そう思えば思うほど 苛々として、いつもより乱雑な手つきで領収書をレジに突き刺した。
----
高校生にもなって、いじめなんてどうかしてる。
斉藤一雄はそうゆう事を見て見ぬ振りが出来ないタチだ。
机や教科書に暴言を書くとか全員で無視するとか、そんな目に見えるような明らかなイジメじゃない。
「からかってるだけ」「ちょっとした冗談」そんな程度かもしれない。
それでも、毎日のように昼食時に使いっ走りにされている彼を見かけると いい気分じゃない。
掃除の時や自習の時 一人で物思いに耽るような横顔を見ると、とても苦い気持ちだった。
だから、購買で立ち尽くした彼を見つけた時 なんだか嬉しかった。
「何なに?どーかした?」
「……頼まれたの、全部無かった…」
「あー、並んでも買えない時あるもんなぁー…」
「…………………」
どうしよう、と小さく呟く声に 笑った。
「コンビニ行けばいいじゃん!!」
「え、今から…!?」
「うん、大丈夫だって。俺もちょーど欲しいパン無かったし、一緒に行くからさ!ほらほら!行った行った!!」
戸惑う彼の背を押して、学校を飛び出した。
コンビニには目当ての惣菜パンが勢揃いで 「良かった…」と安堵している彼に「だろ!?」と肩を叩くと、軽く笑いあった。
学校に戻ったのは 昼食が終わる時間ギリギリだったが、言われた物をしっかりと抱えて帰ってきた彼を 必要以上に詰る者はいなかった。
それから よく話すようにもなって 一緒に家まで帰ったりもするようになった。
仲良くなれば、確かに少しネガティブで すぐ凹んで なかなか立ち直らない、自分とは正反対な性格だったけれど、それでもイジメにあう理由なんてどこにもないような生徒だった。
使いっ走りに遭うところも見なくなって、きっとこのまま解決するんだろうと思っていた。
でも、環境は そう簡単には変わらない。
『万引きの常習で捕まった。停学処分になる。』
朝礼前の学校は そんな話で持ちきりだった。
愕然として 居ても立ってもいられなかった。
終礼のチャイムと同時に駆け出した。
メールなんかじゃなくて、電話なんかじゃなくて、きちんと面と向かって話したかった。
どうして。
「…わざわざ来なくてもいいのに」
家に居た彼は 憔悴した顔をしていた。自嘲的に笑って 噂話を肯定した。
「…なんで…だって、そんな事言わなかったじゃん!!」
「言うわけ無いだろ 犯罪なんだから」
「やらされてたんだろ!パシリの次は万引き!?そんなの なんで言う事聞くんだよ!?」
「うるせぇーな…!!」
突然、そう突き飛ばされた。驚き固まる斉藤を睨んだまま 同級生は叫ぶ。
眉間に寄った深い皺が、憤りや憎しみの深さを表している。
「お前が手ぇ貸せば貸すだけ 目ぇ付けられるんだよ…!!分かんだろそんぐらい…!!」
衝撃的で 何も言えなかった。
「迷惑なんだよ!!お前のせいだからな!!」
そう言い捨てて閉じこもろうとする彼を 慌てて何とか止めようとした。
振り払われて 勢い良くドアに遮られる。
無理やりドアを押して 入ってしまおうかとも思ったが、「帰れ」と強い声で拒絶された。
「…もう俺に構わないでくれよ 頼むから……」
弱りきった声に、悟った。
今は、自分には何も出来ない…。
悔しさに 泣き出しそうで、叫びだしそうな痛い気持ちを堪えて その場を走り去った。
-------
「俺はアンタと違う。ちゃんとあいつの幸せを考えてるんだ」
「あ、そう。じゃあ お前に返すわ」
それで万々歳だな、そう続けようと思った言葉は 思いっきり殴られて拒まれた。
女の短い悲鳴と じんと熱くなる頬骨。
「痛ってーなぁ 殴ることねぇーだろ。俺は手ぇ引くって言ってんだからよ」
「そんな軽い気持ちで 人の女に手ぇ出してたのかよ!ふざけんな!! お前綾香を何だと思ってんだ…!!」
「何って…」
「いい!言わなくていい どうせ大した事言わないんだろ。さっさと失せろ!!」
「……伸人…」
噛み付く男に反して、女はまだどこか名残惜しむような声だった。
その甘い声にそっと近づいて 頬に手を添え、女に期待を持たせる。
けれど一瞬にして 鼻で笑ってやった。
「気が変わったんなら またヤッてやってもいいぜ?」
「ッ!!」
キレて飛びかかってこようとする男を、女が慌てて引き止める。
傷ついた女が 元彼の腕をしっかりと握って、こちらを睨んでいた。
「最低!そんな男だと思わなかった」
「……お前が俺の何知ってるっつーんだか…」
やれやれ と呆れ半分にそう吐き捨てた。
こうゆう時、必ず口をついて出てくる口癖のような言葉。
「それ以上 綾香に近づいたら殺すぞ!!」
「あーはいはい 分かったよ。じゃーな」
ひらひら と軽く手を振って、背を向けた。
背後では 支えあうように男女が肩を寄せている。
悪い男に引っ掛けられた女と それを救った元彼。二時間ドラマのような展開だった。
……それでも、きっとあの二人は この後 一緒になるだろうと 頭のどこかで思った。
でも、この角を曲がったら こんなドラマはきっと忘れる。
あんなものは、自分には到底縁のないものなのだ。
まだ痛む頬骨。ここまで強く人を殴るなんて、どれだけの想いだったのか。
まったく、そんなに大事な女ならきちんと手綱をつけておけ。
タバコを吹かして、向かった先は満楼軒。
ガラララ。
今にも枠から外れそうな 安っぽい音。
そうだ こうゆう音のほうがよっぽど自分には向いてる。
無駄に疲労した心でそう思いながら 顔を上げた。
「…あ。中条さんだー」
「………………」
「………何してんだお前ら」
奥のテーブル席に美柴。
手前のテーブル席で 美柴と背中合わせに斉藤。
「二日連チャンで顔見るとはな。しかも同じ店で」
「気が合っちゃって 大変ですよねー俺ら」
「……合ってない。」
二人とも、いつもより憂鬱な表情。
ため息を吐いて カウンターに座った。
後ろの二人も 気が付けばため息を吐く。
「……………」
「……………」
「……………」
それぞれが それぞれの考え事に堕ちていってしまう。
厨房から出てきた店主が そんな三人の前に一つづつ グラスを置いた。
「コーラ、ウーロン茶、生中」
それは、いつも三人が頼むもの。
はて と顔を上げた三人を見て、店主は肩をすくめて見せる。
「他にご注文は?」
「「「キムチラーメン一つ」」」
見事に揃った声に、三人は至極罰が悪そうに顔を見合わせる。
「はいよ」
店主は首にかけていたタオルを頭に巻き、呆れ顔で笑った。
■それぞれの生活。だけど微妙にリンクし合う生活。
「了解でっす!遅刻しちゃ駄目っすよトキさん!」
「……お前にだけは言われたくない…」
いつもの満楼軒。
もう何度目かの慣れた打ち合わせ。
終えれば 三人は個々に会計を済ませて それぞれの生活へと戻ってゆく。
「はいよ、まいどあり」
「ごっそさんでしたー」と愛想の良い斉藤の声に応えながら、店主が片付けるのは いつも同じもの。
[コーラとウーロン茶と生中]
美柴鴇がバイトをしているのは 新宿二丁目のバー。
堂々と「ゲイバー」と銘打ってるわけではないが、こうゆう場所にはそうゆう客が多い。
「だから駄目だってば。美柴くんはノンケ君なんだから」
「いや意外にイケると思うんだよね。絶対」
「そう言って何人の男が背負い投げをされたことか…。ねぇ美柴くん?」
「………………。」
こうゆう時は聞こえない振りをしているのが一番だ。
自分自身は元から恋愛や他人に興味が薄いせいか、ここでの仕事に強い嫌悪は持っていない。
時にカウンターで耳にする 男から男への優しい囁きに(…インチキくさい)と呆れることもあるが、当人達がそれでいいならいい。
男とか女とかそんなもの以前の問題なんだろう。
まぁ とにかく、自分に害が無ければどうでもいいし、降りかかってくる"害"も 大方自分で対処できるものだ。
「へぇ そうなんだ。美柴くんって強いんだね」
そう言って 前のスツールに座ったのは、一人の青年。
同じ年頃で 最近よく来る……男娼だ。
「あら、イツキ君がこんな時間に来るなんて珍しい」
「振られた。最悪。こっちが相手してやってたっていうのに」
「へぇ じゃあ今夜は俺と一緒に帰ろうかお姫様?」
いやらしく誘う男を、イツキは鼻で笑った。
「僕が?冗談じゃない。安売りはしない主義なんだよ」
店員は クスリと笑い、男は舌打ちをする。
立場の無くなった男が スツールを蹴飛ばすように帰っていくと、イツキは 「自意識過剰だね」と肩をすくめただけだった。
「ジン一つ。アルコール強めにしてね。振られた夜なんだから」
カウンターに肘を付いて 注文される。言われたとおり、配分はアルコールを多くした。
イツキは差し出したグラスを ぐいと全部飲み干す。
コンッとカウンターにグラスを置くと同時に「ジン!」ともう一杯を要請。
見ていたバーテンや客は 感心していたようだったが、イツキがそんな乱暴な飲み方をするのは初めてで 少し不安に思う。
しかし客が欲しいと言うなら作るしかないだろう。
結局三杯飲み干して、カウンターに突っ伏した。
タクシーでも呼ぼうかと思ったところで ムクリと頭を上げた。
…………ひどい顔をしていた。
「…本当はね、ほっとしてるんだ。だってこの年で不倫なんてリスク大きいじゃん。家庭がある男は金も渋るしね、セックスも言うほど上手じゃなかったし」
イツキがそんな話をするのも、初めてだった。
「良いお金くれるから甘えてやってるだけなのにさ、勝手に本気で泣かれても別れ話なんかされても迷惑。それでもまぁ お世話にはなったわけだし?悲劇の不倫相手ぐらいやってあげるけどね。」
他人に本音は話さない。心は開かない。傷口は見せない。
自分はそれを無表情で隠し、イツキは妖艶さでそれをうやむやにしている。
方法が異なるだけで、自分たちはよく似ていると思う所があった。
イツキにも、以前そう思うと言われた時があったぐらいだ。
「くだらない。発展場でダラダラやってた方がまだマシだよ。感情がくっ付いてくると面倒だし、苛々するばっかりだ」
…あの時「正反対かと思っていたのにね」ととても嬉しそうな笑顔で、そんな話をした…。
「―…そんなに嫌なら止めればいい」
つい、そう言ってしまった。
途端 饒舌だった口元は一文字に結ばれた。冷え切った目がこちらを見ていた。
「そう出来たらそうするよ。でも僕には金がいる」
「稼ぎ方は他にもある」
「でも一番手っ取り早いじゃないか。僕は金になるなら、なんでもする」
「でも気に入らないんだろ」
「じゃあ自分はどうなの。ノンケのくせにこんな所で働いてさ。それだって金になるからでしょ、人のこと言えるの」
「………………」
どうしてだろう。
自分自身を賭ける理由まで同じなのに、でも今、目の前の青年と自分は同じに見えない。
まるで、透明な壁で遮られている様な感覚だった。
「……ジン」
こちらが言い返さないと踏んだイツキは グラスを滑らせて注文をする。
滑ってきたグラスをキャッチして 静かにカクテルだけを作る。
今度は少し、アルコールは少なく入れた。なんとなく…。
「……………」
「……………」
それから、会話は一つも無かった。
「…じゃあね」
酔いが冷めてきたのだろう。スツールを降りたイツキは、神妙な表情で何か言おうとした。しかし結局 その一言で帰って行った。
カウンターに残された空っぽのグラスを、片付ける。
「……………」
謝れば良かった。きっとあれがイツキの本音だったのだ。本当は……辞めたいのだ。
そう思えば思うほど 苛々として、いつもより乱雑な手つきで領収書をレジに突き刺した。
----
高校生にもなって、いじめなんてどうかしてる。
斉藤一雄はそうゆう事を見て見ぬ振りが出来ないタチだ。
机や教科書に暴言を書くとか全員で無視するとか、そんな目に見えるような明らかなイジメじゃない。
「からかってるだけ」「ちょっとした冗談」そんな程度かもしれない。
それでも、毎日のように昼食時に使いっ走りにされている彼を見かけると いい気分じゃない。
掃除の時や自習の時 一人で物思いに耽るような横顔を見ると、とても苦い気持ちだった。
だから、購買で立ち尽くした彼を見つけた時 なんだか嬉しかった。
「何なに?どーかした?」
「……頼まれたの、全部無かった…」
「あー、並んでも買えない時あるもんなぁー…」
「…………………」
どうしよう、と小さく呟く声に 笑った。
「コンビニ行けばいいじゃん!!」
「え、今から…!?」
「うん、大丈夫だって。俺もちょーど欲しいパン無かったし、一緒に行くからさ!ほらほら!行った行った!!」
戸惑う彼の背を押して、学校を飛び出した。
コンビニには目当ての惣菜パンが勢揃いで 「良かった…」と安堵している彼に「だろ!?」と肩を叩くと、軽く笑いあった。
学校に戻ったのは 昼食が終わる時間ギリギリだったが、言われた物をしっかりと抱えて帰ってきた彼を 必要以上に詰る者はいなかった。
それから よく話すようにもなって 一緒に家まで帰ったりもするようになった。
仲良くなれば、確かに少しネガティブで すぐ凹んで なかなか立ち直らない、自分とは正反対な性格だったけれど、それでもイジメにあう理由なんてどこにもないような生徒だった。
使いっ走りに遭うところも見なくなって、きっとこのまま解決するんだろうと思っていた。
でも、環境は そう簡単には変わらない。
『万引きの常習で捕まった。停学処分になる。』
朝礼前の学校は そんな話で持ちきりだった。
愕然として 居ても立ってもいられなかった。
終礼のチャイムと同時に駆け出した。
メールなんかじゃなくて、電話なんかじゃなくて、きちんと面と向かって話したかった。
どうして。
「…わざわざ来なくてもいいのに」
家に居た彼は 憔悴した顔をしていた。自嘲的に笑って 噂話を肯定した。
「…なんで…だって、そんな事言わなかったじゃん!!」
「言うわけ無いだろ 犯罪なんだから」
「やらされてたんだろ!パシリの次は万引き!?そんなの なんで言う事聞くんだよ!?」
「うるせぇーな…!!」
突然、そう突き飛ばされた。驚き固まる斉藤を睨んだまま 同級生は叫ぶ。
眉間に寄った深い皺が、憤りや憎しみの深さを表している。
「お前が手ぇ貸せば貸すだけ 目ぇ付けられるんだよ…!!分かんだろそんぐらい…!!」
衝撃的で 何も言えなかった。
「迷惑なんだよ!!お前のせいだからな!!」
そう言い捨てて閉じこもろうとする彼を 慌てて何とか止めようとした。
振り払われて 勢い良くドアに遮られる。
無理やりドアを押して 入ってしまおうかとも思ったが、「帰れ」と強い声で拒絶された。
「…もう俺に構わないでくれよ 頼むから……」
弱りきった声に、悟った。
今は、自分には何も出来ない…。
悔しさに 泣き出しそうで、叫びだしそうな痛い気持ちを堪えて その場を走り去った。
-------
「俺はアンタと違う。ちゃんとあいつの幸せを考えてるんだ」
「あ、そう。じゃあ お前に返すわ」
それで万々歳だな、そう続けようと思った言葉は 思いっきり殴られて拒まれた。
女の短い悲鳴と じんと熱くなる頬骨。
「痛ってーなぁ 殴ることねぇーだろ。俺は手ぇ引くって言ってんだからよ」
「そんな軽い気持ちで 人の女に手ぇ出してたのかよ!ふざけんな!! お前綾香を何だと思ってんだ…!!」
「何って…」
「いい!言わなくていい どうせ大した事言わないんだろ。さっさと失せろ!!」
「……伸人…」
噛み付く男に反して、女はまだどこか名残惜しむような声だった。
その甘い声にそっと近づいて 頬に手を添え、女に期待を持たせる。
けれど一瞬にして 鼻で笑ってやった。
「気が変わったんなら またヤッてやってもいいぜ?」
「ッ!!」
キレて飛びかかってこようとする男を、女が慌てて引き止める。
傷ついた女が 元彼の腕をしっかりと握って、こちらを睨んでいた。
「最低!そんな男だと思わなかった」
「……お前が俺の何知ってるっつーんだか…」
やれやれ と呆れ半分にそう吐き捨てた。
こうゆう時、必ず口をついて出てくる口癖のような言葉。
「それ以上 綾香に近づいたら殺すぞ!!」
「あーはいはい 分かったよ。じゃーな」
ひらひら と軽く手を振って、背を向けた。
背後では 支えあうように男女が肩を寄せている。
悪い男に引っ掛けられた女と それを救った元彼。二時間ドラマのような展開だった。
……それでも、きっとあの二人は この後 一緒になるだろうと 頭のどこかで思った。
でも、この角を曲がったら こんなドラマはきっと忘れる。
あんなものは、自分には到底縁のないものなのだ。
まだ痛む頬骨。ここまで強く人を殴るなんて、どれだけの想いだったのか。
まったく、そんなに大事な女ならきちんと手綱をつけておけ。
タバコを吹かして、向かった先は満楼軒。
ガラララ。
今にも枠から外れそうな 安っぽい音。
そうだ こうゆう音のほうがよっぽど自分には向いてる。
無駄に疲労した心でそう思いながら 顔を上げた。
「…あ。中条さんだー」
「………………」
「………何してんだお前ら」
奥のテーブル席に美柴。
手前のテーブル席で 美柴と背中合わせに斉藤。
「二日連チャンで顔見るとはな。しかも同じ店で」
「気が合っちゃって 大変ですよねー俺ら」
「……合ってない。」
二人とも、いつもより憂鬱な表情。
ため息を吐いて カウンターに座った。
後ろの二人も 気が付けばため息を吐く。
「……………」
「……………」
「……………」
それぞれが それぞれの考え事に堕ちていってしまう。
厨房から出てきた店主が そんな三人の前に一つづつ グラスを置いた。
「コーラ、ウーロン茶、生中」
それは、いつも三人が頼むもの。
はて と顔を上げた三人を見て、店主は肩をすくめて見せる。
「他にご注文は?」
「「「キムチラーメン一つ」」」
見事に揃った声に、三人は至極罰が悪そうに顔を見合わせる。
「はいよ」
店主は首にかけていたタオルを頭に巻き、呆れ顔で笑った。
■それぞれの生活。だけど微妙にリンクし合う生活。
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